バンギャルが、沼に落ちた
こんにちは、初投稿です。これからぼちぼちブログを書いていこうと思います。モカです。
そもそもなぜ今更はてなブログを始めたのか?
バンギャルちゃん達にジャニーズWESTをステマしたい!!!!
この気持ちのみに突き動かされたからである。そう、私は衣食住と同じくらい日々をジャニーズに侵食されている人間。いわゆるジャニヲタである。そんなわたしがジャニーズ沼に足をとられていった経緯を説明していくことで、同時にステマになれば本望であると考え、この文章を書こうと考えた。
そもそも私は中学2年生からとある転機が訪れるまでずっとバンギャルだった。雑食バンギャだったが主に某◯缶を辞めて活休ののち名前を変えて復活した5人組バンドだったり、レ◯レコ所属、特に青い6人組バンドを応援していた。
当時、それぞれのバンドで、現在では皮膚に黒い模様の入っているイケボのギタリスト、また赤髪で大阪弁を話すベーシストのギャとして活動しており彼らの新曲は毎回チェックしていたし、偉そうに分析なんかも書いてみたり…
インストやライブにも参加し、「◯◯と手繋ぎした〜」だとか「◯◯とライブ中目合ったソロ最高だったわ〜」とか、もう普通にバンギャだったのである。そう。普通にバンギャ。(小◯博さんに対してはむしろ強火だったかもしれない。)
ジャニヲタの素質のかけらもないような生活を送っていたし、むしろキラキラチャラチャラしていて、しっかりしたバックをもっていて売れる体制がバッチリ整っているジャニーズに対してむしろアンチ感情すら抱いていた時期もあった。(ここまでひといき)
とまあこんな感じでもうビジュアル系しか愛せないとすら感じていたが、高3の春休みに転機が訪れた。
「ねえうちきてジャニーズWEST見ない?」
友人の一言である。最初は正直乗り気じゃなかったしなんなら行ったついでに一緒に三◯無双しようと思ってソフト持ってったくらいである。
ジャニーズWESTの存在は知っていたし、もっといえば小学生の時に平成の時代を跳んでいるグループのヲタをやっていて、アイドル誌を読み漁っていたため彼らが関西ジュニアの頃から名前くらいは知ってはいた。
ジャニーズなんてみんな同じ、ジャン◯を追いかけていた頃も感じていたが、イケメンが歌って踊って、アイドルスマイルでファンを喜ばせ、とりあえずジャニーズブランドに物を言わせている。そう思っていた。(語弊があるので言うが今となってはジャ◯プがそうだと言っているわけではないしむしろジ◯ンプパイセンの輝きには凄いものがあると感じている)
しかし、友人宅で「なにわ侍 ハローTOKYO」のDVDを見せられた時に、それが覆ったのである。
このDVDは、ジャニーズWESTがデビューする過程をフィクションを交えながら事実に基づいて描かれている舞台の映像である。
最初のほうは「あぁ、ジャニーズの舞台でよくあるやつ」という印象だった。
場面は移り変わり、ライブをするシーンへ。
ここで、のちの自担となる藤井流星に惹かれていくのである。
ストーリー上で、流星はミュージシャンであり、自らの力でどこまで行けるのか挑戦し続ける孤高の存在という役であった。字面にすると厨二っぽいしなかなかクサい設定であるのは大いに頷けるが、違う。ちゃうねん。オーラに惹かれてん。
というのも彼のオーラにはどことなくビジュアル系から放たれるオーラと似たものを感じる部分があった。
顔の彫りの深さ(人工物ではないが)、立ち居振る舞い、独特の声(イケボ)などなど…上げたらキリはあるが割とあった。()
とりあえず「孤高」という設定も相まって、何か似たものを感じたのだ。
また、アイドルとしてのキラキラ、チャラチャラとはまた少し違った存在感、表情で魅せるという演技派な部分、今までのジャニーズのイメージが大幅に覆された。
そろそろ流星にノロケてねえで他の話しろよって怒られそうなのでそろそろ全体の話に移ると、「チームワーク」も惹かれるポイントの1つだったと感じる。
関西系のアイドルなだけあり、その舞台にもミニコントコーナーが設けられていた。そこで繰り広げられるテンポの良いボケ、ツッコミ、またアドリブでボケられてもすぐ対応し、その場の収集を上手くつけられているという印象を受け、デビューしたてといえど、ジュニアの頃に培われていたのであろうものを垣間見ることができた。
私は正直絶対もう二度とジャニーズにはハマらないと心の中で意地を張っていた。会場も、箱と比べたらギガント広く、CDを買ったってチェキ会参加券がもらえるわけでもなく、認知すらされない、そんな寂しい世界にはもう戻らないと。
しかし、そうではなかった。彼らは大きな舞台の上からでも、ファンに親しげな笑顔を向け、なんども小ボケをかまし、ファンの笑顔も作っていたのだった。言ってしまえば、「ジャニーズ」の彼らに惹かれていたのではなく、「マルチなアーティスト」としての彼らに惹かれていたのかもしれない。
こうして私は、たとえ近い距離じゃなくても、認知されなくても、ファンが大いに幸せになれるようなステージを作り上げている彼らに心も脳みそも財布も銀行口座も鷲掴みにされたのだった。
当時を振り返って思うことがある。
追いかけること自体に必死になりすぎて、むしろ辛くなっていたのでは?
と。
長らくバンギャをやっていだが、ぶっちゃけ何度も「上がりたい」と思った。ファンとの距離が近いゆえに焦燥感を掻き立てられたり、地方住みで、物理的に都内の箱に通えない悲しみなども要因だと考えられる。
バンドのファン、というよりは「追いかけること」のファンであったのだと思う。これは多分ちょっと言い過ぎだけど言い過ぎじゃない。(どっち)
少なくとも私は、 沼に浸かってよかったと思っています。たまにしんどくなるバンギャル活動ですが、メインのハンバーグの隣に乗ってるニンジンのような感じでもいい、ジャニーズWESTに少しでも目を向けてみてはいかがでしょうか。
長々と乱文失礼いたしました。
彼らそのものの魅力は十分に伝わっていないので、それはまた後のブログで書き殴りたいと思っています。